本研究に加わる研究者は熊本学園大学社会福祉学部あるいは同水俣学研究センターに所属し、社会福祉学あるいは社会災害としての水俣病研究に従事するとともに研究交流を密にしてきた。2016年4月に起きた熊本地震においては、被災した大学キャンパス内で、避難所運営に従事し、750名を超える避難住民の一般避難所で、障害者や介助を必要とする高齢者に避難場所を提供しインクルーシブな避難空間を創出した。これは、メディアに大きく取り上げられたばかりではなく、訪問した災害支援NPOなどの関係者や政府・行政関係者(文科省、内閣官房、熊本市)から高く評価された。災害研究者からは「熊本学園モデル」として記録を整理し、その意味を検証するようアドバイスを受けた。そこで、避難所を実際に担った大学研究者を主体として、緊急に記録を整理し今後の教訓とすべき課題の提示を構想したものである。
従来の大規模地震における緊急時対応としての避難所の調査研究に関しては、外部組織による支援とその手法に焦点を当てたものがほとんどであり、さらに医学、保健学、防災工学および社会福祉学等の専門分野における事例研究やモノグラフにとどまっている。
これらと異なり、本研究構想は、第一に避難所運営を担った当事者の手によるものであること、したがって避難所システムを成立させている経験そのものの全貌を経験する者自身による内部観察としてなされるものであるということ、第二に一般の避難所に障害者を多数受け入れインクルーシブな避難所を構築したこと、つまり、障害者や高齢者の地域生活の脱施設化という大きな流れに中にあるにもかかわらず、災害時に福祉施設への入所対応を求め、あるいは避難所自身が「施設化」する傾向をあらためて実証的に検証しようとするものであること、第三に研究組織を学際的に構築しており多面的な調査研究・検証が可能であること、を特徴とする。
このように、内部観察という研究主体と研究方法、避難所という制度への批判的検証の視点、学際的な研究組織という組み合わせを持って、緊急の課題に挑戦しようというものである。さらにこうした特徴は、実学的な社会貢献を可能にするばかりでなく、学的方法の革新および学のあり方の検証にもつながるものである。
研究代表者は、社会政策研究者であり、また水俣学研究や障害者の就労調査をはじめ人権上の社会的課題について調査研究に従事してきた。研究分担者はソーシャルワークの実践科学研究に従事し研究業績を積み重ねてきている。ともに科研費を始め種々の競争的研究費を得ている現役の研究者である。
なお、本研究においては、研究対象の性格上、大学当局、地域住民組織、地元自治体との連携が不可欠であるが、避難所運営において、組織的連携と信頼関係が構築できている。
また、本研究メンバーが中心となって2016年11月に開催された熊本学園大学避難所に関するシンポジウム(「地域に根付いた避難所の取り組みと被災者支援 ~熊本学園の取り組みを将来に活かす~」)*は、文部科学省、熊本県、熊本市の後援・協力を得ており、調査研究を容易にする環境は整っている。
熊本地震はようやく収束の方向に向かっているとはいえ、被災の現状はなお深刻である。本研究参加者自身も多くが被災しており、記憶と記録が新しいうちに調査を実施することが、極めて重要であると判断している。緊急時初期対応が、その後の状況を規定するとすれば、熊本にとっても重要な意味を持つ。その意味で、被災状況と同時進行的に、当事者によってなされる研究自体が「挑戦的」であろうと判断する。
*このシンポジウムの記録は、写真や日録、種々の資料を加えて『平成28年熊本地震 大学避難所45日 障がい者を受け入れた熊本学園大学震災避難所運営の記録』(熊本日日新聞社、2017年11月)として刊行された。
調査・研究計画は、熊本学園大学研究倫理綱領に従って遂行される。
調査記録や個人情報は、紙媒体、デジタルデータ、写真などそれぞれの性格に応じて、定められたルールに従って管理される。
何よりも、調査対象者、被災者への人権上の侵襲がなされないよう最大限の配慮がなされる。